Monthly Archives: 2月 2021

気がつけば

梅が咲いています。
ガラスの容器があって(というより。心にゆとりがなくて)蕾を見逃しました。

ズボンが裂けています。
事務所で座っているとき。なんかチクチクするなぁ。と思いましたが、まさかズボンから肌が見えてるとは思いもよりませんでした。
さすがの私も!?コレはアウトです。
「社会の窓」がたくさん開いています。

コレは22日の出来事です。
平和に感謝しつつ ボケないようにしたいものです。

22222

にゃん にゃん にゃん 2が並んで猫の日
と、平和に過ごしたかった2のゾロ目の日に、
ミャンマーでは大規模な抗議運動が行われました。
前日から安全を危ぶむ情報が流れていましたので、心配な長い一日を過ごしましたが、この日は武力行使もされず、ひとまず安堵。
平和な日本では想像もできないミャンマー。
スナイパー?がいます。市民を狙っている銃は本物です。
(プライバシーも著作権もわからない状態で各方面から情報が入ってきます。ので、この画像は勝手に拝借)
銃声の聞こえなかった日なので、笑える1枚なのですが、
前日には軍によって16歳の少年が銃殺されています。
銃声が響き、倒れた少年、少年の名を呼ぶ声、散った肉片、台車に乗せて皆で運ぶ姿、運び込まれた救護所での死亡確認の様子・・・私は一部始終を知っています。
人々の暮らしに平和が訪れますように。

一年前の今日

一年前の今日
私はミャンマーへ向かう飛行機の中にいました。

機内では、ミャンマーの歴史を勉強しながら。
一夜漬け状態に知識を詰め込んで認識を深めていくのが海外渡航のMyスタイルです。
が、仕事の職務を優に超え こんなにも深くミャンマーに関わることになるとは・・・。

親しく関わるミャンマーの人々をフィルターに民主化への想いや行動、「通信の遮断」を、自分事のように一喜一憂し、また外国人として俯瞰し、気が抜けない目が離せないヘビーな日々の中、気がつけば MYミャンマー1周年でした。

ネットで拡散されている市民革命の今昔比較
変わらない祈りのパコダ。近代化の象徴のビル。人々の熱意。
変わらないもの 変わったもの 変えたくないもの 変えたいもの
1988年は多くの血が流れ、人々が願った革命は成しえませんでした。

外国人の私に、発する言葉は何もありません。ただ平安を祈るのみです。

節分

例年2月3日の節分が、今年は2月2日です。
『「太陽黄経が315度になった瞬間が属する日」を立春とし、立春が動けば、節分も変動します。』とのことで、私にはよくわかりませんが、124年ぶりに、2月2日の今日が節分です。

鬼は外 福は内
ミャンマーに届きますように。

伝わるミャンマー語ではないので、絵が頼りですが、わかりますでしょうか?
(民主主義・平和は内に 武力は外に)

非常事態宣言

普段なら平気な程度の体調不良だった昨日。休日に甘えてSNS等もOFF状態で寝ておりました。
完全復活した本日。2月だ。がんばろうっ!と朝を迎えたら。
SNS オンラインで大変なニュースが飛び込んできました。

私にとってとても身近な国になった ミャンマーの政変。
「1年間の非常事態宣言」が出されました。
拘束 権限掌握 クーデター ・・・平和とは相反するワードが飛び交います。

オンラインな時代なので、リアルタイムな情報が入ってきますが、ネットが遮断される。という情報の後、ミャンマーからの連絡が途絶えるといまさらに心配になります。2時間半の時差が少々のネックなだけで、身近に接し、感じていたミャンマーが、とても遠くになってしまった感が否めません。